私の遠回り~会えなかった時間~
私は我に返ると、慌てて彬さんから離れる。
「ここへ座れよ。」
何もなかったかのように、彬さんは私を鏡の前の椅子に促した。
「あっ…。」
私が思わず出した声に、彬さんは何も言わない。
今起こった事は夢だったんだろうか。
でも私の唇はその生々しい感覚を湛えていて…。
「俺に任せてもらって良いかな?」
私は座っている椅子の上から聞こえる声に反応する。
憎らしいほど落ち着いたその声色。
「まあ、知紗には何も言わせないけどな。」
鏡の中の彬さんはわけあり気な笑みを口元に湛えた。
私は何も言えなくて、ただ鏡の中のそんな彬さんを見つめる事しか出来なかった。