冷酷な騎士団長が手放してくれません
出発の日。爽やかな秋晴れの中、ソフィアは従者が馬車に荷物を詰め込むのを見ていた。


隣には、リアムもいた。カダール城に来る前まで彼が着ていた、黒地に金色の刺繍の施された騎士団服を見るのは久しぶりだ。


婚約破棄の理由について、リアムは詳しくは聞いてこなかった。そもそも、他人のことを深く詮索するような男ではない。


リアムは、いつもただ淡々と要求を受け入れる。彼が要求を受け入れず、自らの意志を押し通そうとしたのは、ソフィアについてカダール公国に行くと言い出した時くらいだ。





「終わりました」


荷造りを終えた従者が馬車から降り、二人に道を開けた。ソフィアとリアムは顔を見合わすと、馬車に乗り込もうとした。


と、その時。ソフィアは、馬車着き場の方へと近づいて来るスラリとした人影を目にする。それは、正装である濃紺の軍服に身を包んだニールだった。


咄嗟に、ソフィアは硬直する。婚約を破棄された身でありながら、まさかニール自らが見送りに来てくれるとは思いもよらなかったからだ。


あわててスカートをつまみ、腰を落とした。


「恐れながら、殿下」


ソフィアは懐に手を忍ばせた。返すタイミングを逃していたので、最後に会えて良かったと思う。


取り出したのは、以前にニールが贈ってくれたオレンジサファイヤのネックレスだった。


「このネックレスを、お返しします」


ソフィアとリアムの目前で足を止めたニールは、何も言おうとはしない。怒っているようでも、微笑を浮かべているようにも見えない。その何ともいえない表情が、ソフィアの不安を煽った。


束の間の沈黙のあと、ニールはネックレスを乗せたソフィアの掌を、そっと握り締めた。ニールの掌は、思いもしなかったほどに温かかった。


「これは、君に贈ったものだ。だから、この先も君に持っていて欲しい」
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