獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
室内が、にわかにざわつく。幹部たちの顔が、一人残らず蒼白になった。


「まさか、ラオネスク側から攻め入ると言うのか……!?」






ハイデル公国から見てロイセン王国とは反対側に位置するラオネスクは、周辺国から一線を画している。テスと呼ばれる野蛮な部族が独自の文化を築き上げ、他国との交流は一切ない。


テス族は獰猛なだけでなく悪魔を崇拝しているとの噂があり、悪魔の祟りを恐れた周辺国も、ラオネスクには一切足を踏み入れようとはしなかった。


まさに、未開の悪魔の領域。聖職者は、宗教的な観念からラオネスクという名を口にすることすら禁じられているほどだ。






「なんてことを。ラオネスクなどに足を踏み入れれば、国境に到達する前に兵を失うだけではないか」


「おお神よ、やはりこの男は気が触れている」


多くの書物を読んだカイルは、知っていた。テス族は、野蛮な民族などではない。悪魔を崇拝しているというのも迷信で、秩序と友愛に満ちた部族だと、数々の旅人が記録に残している。


「俺なら出来る」


ラオネスクという名前を口にしただけで怯える老人たちを前に、カイルはしたたかに笑って見せた。


「悪魔と呼ばれたもの同士、分かりあえる。一人の兵も失うことなく、国境を越えハイデル公国に奇襲をかけてみせる」






カイルの眼力を受けて、老人たちは言葉を奪われたかのように静まり返った。


――ドンッ!


張り詰めた空気を呼び戻すようにテーブルを叩いたのは、国王だった。


「ふざけたことばかり口にしおって。この悪魔め、いますぐここから出て行け! そして、私の前にもう二度と姿を現すな!」
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