獣な次期国王はウブな新妻を溺愛する
「そろそろ、フィリックス様がこの町に来る頃じゃないかね」


ある日の夕方、いつものように酒場の開店準備をしていたエイダンが、急にそんなことを言い出した。エイダンとは、アメリとヴァンが世話になっている宿屋の女主人のことだ。


まだ一歳にも満たない赤ん坊がいるが、赤ん坊の世話はエイダンとは対照的なひょろひょろ体系の旦那に任せきりである。エイダンの方が容量がよく切り盛り上手だから、自然とこういう役割分担になったらしい。


この二週間の間に、アメリはフィリックスという商人の名前を何度も耳にした。どうやらフィリックスは困窮している人や子供に繰り返し援助をしているらしく、町の人達から驚くほどの信頼を得ていた。


言わば、悪名高いこの国の王太子とは真逆の存在だ。






「噂のフィリックス様ね。お会いしたかったわ」


カウンター向こうで皿を拭きながら、アメリは答えた。アメリは今ではエイダンともすっかり打ち解け、ヴァンと同様、毎夜のように宿屋に併設しているこの酒場の手伝いをしている。


「ははっ! きっとアンタ、惚れるよ。いい男だからさ」


恰幅の良いわき腹に手をやり、エイダンが豪快に笑う。


「そんなに素敵な方なの?」


するとエイダンは、アメリの耳もとに手を当てて冗談交じりに囁きかけた。


「そうだね。正直、あんたの連れの色男よりも上だよ」


店の外で、酒樽を転がしているヴァンがくしゃみをする声が聴こえる。二人は、顔を見合わせて笑った。


「だが、期待はしない方がいいよ。あのお方は、女に興味がないようだから」


「あら、そうなの?」


「だから、迂闊に喋りかけない方がいい。でも、中身は優れた方だからね。近寄りがたくても、皆に慕われているってわけさ」





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