能ある狼は牙を隠す
笑って彼を再び見上げようとした瞬間、ふわりとオレンジが香った。私の好きな匂い。好きな人の、匂い。
彼が優しく抱きしめてくる。応えるように背中へ手を回すと、拘束が強まった。
好きだなあって、ばかみたいに思う。もうそれ以外、見つからない。
「玄くん、約束して」
「ん? なに?」
穏やかに耳朶を打つこの声も、私を大切そうに扱うこの手も、「好き」と泣いてしまうそのひたむきさも。
全部全部、丸ごと好きで、私も大切にしたいんだ。
「もう、一生離さないで」
強く願う。どうかこの先もずっと、彼の隣にいられますようにと。
『分かってる。俺の方が百万倍、羊ちゃんのこと好きっていうのは……分かってるけど、』
どうかな。案外私の方が玄くんのこと、百億倍好きかもしれないよ。
『早くここまで来てよ。俺と一緒に堕ちて……』
とっくのとうに、だよ。引き摺り込んでいるのは私の方かもしれないね。
いつの間にか堕ちていた、際限のない世界。それは暗闇なのか、底なし沼なのか、潜ってみなければ分からないけれど。
でも、彼とならたとえ這い上がれなくなっても、構わないなと思う。
「――絶対離さない。一生」