拾った彼女が叫ぶから
 マリアは思い切って背伸びすると、ルーファスの頰にかすめるようなキスをした。
 けれど踵が地面につく前に、ルーファスの手が逃すものかとばかり腰に巻きついた。

「ちょ、やだ! 離しなさい!」
「なんで狼狽えてるんですか?」
「うろたえてなんか! あんたが人目もわきまえずにこんなことするのが悪いんでしょう! 誰かに見られたら困るじゃないの」
「僕は困りませんよ」
「うそ。ルーファスは嘘ばっかりだもの。いつもからかってばかり」

 言われるがままにキスなんてするんじゃなかった。自分の迂闊さに胸がひりつく。
 ドキドキと心臓がうるさい。ルーファスが蕩けそうな瞳で自分を見ていた。かあっと全身が熱くなる。

「僕はむしろ誰かに見て欲しいくらいですけど」
「困る、離して」
「耳まで赤いですよ。僕は脈ありと思っていいですか?」
「脈!? ないないそんなもの」
「マリアは意地っ張りだなあ。そこも可愛いですけど、たまには素直になって? 僕のこと少しは好きですか?」
「自惚れないで」

 怒っているはずが、鼻がつんと痛くなる。
 ルーファスがぽん、ぽん、と頭を撫でた。これに弱い。自分がのっぴきならないところまで追い詰められていると知りながらも、その手の温もりに身体の強張りが抜けていく。

「止めてよ、あんた年下でしょう」
「マリアと二歳しか離れてませんよ。ほら、逃げないで?」

 頭を撫でる手が心地よくて、思わずされるがままになってしまう。流されるな、深入りするな、とそう思うのに、一方でこの暖かい手の内に入れば安心できると刷り込まれたみたいに引き寄せられてしまうのだ。さっきのキスといい、敵わなくて情けない。

「マリア」

 ああ、まただ。かすれた、それでいて柔らかくほどけるこの声で促されたら、見上げてしまう。
 ルーファスを見つめてしまう。琥珀の瞳に抗えないのだ。

 ルーファスがマリアの腰を抱える手に力を込めて、頭を傾ける。
 今度こそ逃げられない。
 ばくばくと心臓が何かを期待するみたいに高鳴る。
 いつのまにかこの男のペースに乗せられている。それが悔しいし、歯痒い。だけど嫌じゃない自分も確かにいて、どうしていいかわからない。

 迷いに迷ってから……マリアも目を閉じて、ルーファスの唇を受け入れた。彼の唇は柔らかくて温かくて、胸がきゅうと締め付けられた。
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