拾った彼女が叫ぶから
「ナァーゴはルーファスを気に入ったみたいね。ナァーゴはいつも来てくれるわけじゃないんだけど今日は運が良かったわ」
 
 胸がじんわりと温かくなる。王子殿下ともあろう人をこんなところに連れてきて、自分が礼儀知らずなことをした自覚はあるけれど、彼のほんの少しだけ緊張の緩んだ笑顔を見られたのだから、この思い付きは無駄ではなかったと思う。
 それにルーファスの気分転換になればと思ったけれど、案外マリアの方がこの状況を楽しんでもいる。何もしていない、ただ並んで座っているだけなのに不思議と肩の力が抜ける。

「ナァーゴが来ないときは、このチーズは私のおやつになるんだけど。今日は全部食べちゃいそうね、お腹が空いていたのかしら」

 ルーファスが手に残ったチーズに目を落とす。何を思ったか、今度は千切ったそれを彼女に差し出した。

「はい、マリア」
「やだ、それナァーゴのために持ってきたんだから。ふふっ」
「マリアも食べるときがあるんでしょう? ほら」
「餌付け? ルーファスったらおかしいわね」

 いつものマリアだったらここで多分減らず口の一つでも叩くところだけど、ここはお気に入りの場所で、そばには相棒のナァーゴもいる。小さく笑うとマリアはすんなり口を開いた。
 ルーファスが驚くからますます嬉しくなって、彼女は差し出されたチーズだけを啄ばむように器用に口に運ぶ。そのままもぐもぐと咀嚼しつつ上目遣いにルーファスを見ると、彼はチーズのなくなった指先を見て何とも言い難い表情をしていた。

「どうしたの?」
「マリア。……ナァーゴみたいに鳴いてみてください」
「何言ってんの、よ! 調子に乗らないで。ああ、もう! やるんじゃなかった」
「ねえ、マリア」
「なあに、寒くなってきた? ごめんなさい、ルーファスに風邪を引かせてしまったらここに連れてきた意味がないわね。そろそろ降りましょうか」

 腰を上げようと屋根に突いた手に、ルーファスの手が重なった。手のひらは冷たいのに、手の甲はびっくりするほど温かい。はっと横を振り向くと、彼が覆いかぶさるようにして真剣な目で彼女を見下ろした。

「マリア」

 かすれた声は柔らかいのに、真っすぐにマリアの胸の真ん中をとんと突いた。

「は、い」
「マリアはガードナー公のことをどう思ってるんですか?」

 笑っているようでそうじゃない。真剣な目に気圧される。一瞬、息をすることを躊躇った。
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