Invanity Ring --- 今宵、君にかりそめの指輪をーーー
 華月は、わざとらしくため息をついた。

「困りましたわ」
「ん?」
「私、破談をお願いする理由がなくなってしまいました」
「それはよかった」

 安堵したように、圭介が破顔する。意外にも彼が緊張していたらしいことに気が付いて、華月は驚いた。

 圭介は、華月の唇にもう一度、今度は優しく触れるだけのキスを落とした。
「一之瀬華月さん」

 優しく呼ぶ顔を、華月は見上げる。たった、一晩しか一緒にいなかった。そしてその間に、笑った顔、得意げな顔、怖い顔、優しい顔、いろんな顔を見た。

 けれど、一番最初に見た顔は、泣きそうな顔だったと圭介は気づいているだろうか。男に向けた鋭い視線とはうらはらに、自分に向けられた時の圭介の心細そうな潤んだ瞳。
 だからあの時華月は、無意識のうちに圭介の腕をとっていた。今にも泣き出しそうなその人を、華月は放っておけなかった。

 おそらくその瞬間から、自覚のないまま華月は、もう恋に落ちていたのだ。
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