最後の男(ひと)
キスがくる……!
何年も女をやっていれば、さすがにキスのタイミングくらい気付く。なのに、いつまで経っても私の唇は奪われることはなくて、ぎゅっと閉じていた瞼を恐る恐る押し上げてみれば、少し呆れ顔の先輩がいた。
「一香~。そんな態度ばっか取られると、俺だって少しは傷つくんだぜ」
「違うんです、何ていうか、今になって緊張してきたっていうか……」
「そんなの、俺だって同じだよ」
そう言って殊勝な顔をした先輩の口元に一瞬だけ笑みが見えた気がして、途端に我に返る。
「……いやいや、先輩はこの状況楽しんでいますよね」
「あれ、バレたか。今の、自信あったんだけどな」
「一瞬、気抜きましたよね」
「だっておまえさ、一緒に働いていた時には一度だって見せなかったのに、ここに来て女の顔するから。道ならぬ恋に溺れていた割には純なとこあるんだな」
「前にも言いましたけど、不倫じゃないですよ」
「なんだっていいよ。俺に決めたから、会社休んでまで会いにきてくれたんだろ。一香が仕事大好きなのは知ってる」
先輩からの労うような優しい視線に、つい本音を吐露してしまう。
「……先輩の顔見たら怖くなったんです。正直、私の中で先輩に会える確率は、よくて2、3割でした。会えたとしても、きっと最終日とか、タクシーの中から先輩らしき人を見掛けるとか、神様のいたずらみたいな確率かなって思ってたんです。それに、私には言わないだけで恋人候補が見つかった可能性だってあった。それでも、もし会えたら、本当に二人には将来があるのかなって。それが、いきなり初日で会えたから急に現実味を帯びてきて、タイミングも運命なのかなって怖くなったんです」
「なら、素直に喜べばいい。俺は奇跡に感謝するよ。ほら、一香はそれ持ってソファで大人しく待ってろ。もうあんまり考えるな」
話しているうちに感情が昂ってしまったのか、先輩は潤んでいる私の瞼を優しく擦って、木製のサラダボウルを持たせる。すごすごとソファに戻る私は、叱られた子供のようだ。
怖いんじゃない。
先輩が当たりまえのように何の躊躇いもなく受け入れてくれたことに、奇跡みたいなタイミングに慄いているだけだ。
何年も女をやっていれば、さすがにキスのタイミングくらい気付く。なのに、いつまで経っても私の唇は奪われることはなくて、ぎゅっと閉じていた瞼を恐る恐る押し上げてみれば、少し呆れ顔の先輩がいた。
「一香~。そんな態度ばっか取られると、俺だって少しは傷つくんだぜ」
「違うんです、何ていうか、今になって緊張してきたっていうか……」
「そんなの、俺だって同じだよ」
そう言って殊勝な顔をした先輩の口元に一瞬だけ笑みが見えた気がして、途端に我に返る。
「……いやいや、先輩はこの状況楽しんでいますよね」
「あれ、バレたか。今の、自信あったんだけどな」
「一瞬、気抜きましたよね」
「だっておまえさ、一緒に働いていた時には一度だって見せなかったのに、ここに来て女の顔するから。道ならぬ恋に溺れていた割には純なとこあるんだな」
「前にも言いましたけど、不倫じゃないですよ」
「なんだっていいよ。俺に決めたから、会社休んでまで会いにきてくれたんだろ。一香が仕事大好きなのは知ってる」
先輩からの労うような優しい視線に、つい本音を吐露してしまう。
「……先輩の顔見たら怖くなったんです。正直、私の中で先輩に会える確率は、よくて2、3割でした。会えたとしても、きっと最終日とか、タクシーの中から先輩らしき人を見掛けるとか、神様のいたずらみたいな確率かなって思ってたんです。それに、私には言わないだけで恋人候補が見つかった可能性だってあった。それでも、もし会えたら、本当に二人には将来があるのかなって。それが、いきなり初日で会えたから急に現実味を帯びてきて、タイミングも運命なのかなって怖くなったんです」
「なら、素直に喜べばいい。俺は奇跡に感謝するよ。ほら、一香はそれ持ってソファで大人しく待ってろ。もうあんまり考えるな」
話しているうちに感情が昂ってしまったのか、先輩は潤んでいる私の瞼を優しく擦って、木製のサラダボウルを持たせる。すごすごとソファに戻る私は、叱られた子供のようだ。
怖いんじゃない。
先輩が当たりまえのように何の躊躇いもなく受け入れてくれたことに、奇跡みたいなタイミングに慄いているだけだ。