最後の男(ひと)
「だって、せっかくいい感じになってきたのに、先輩がムードないこと言うから」

「一香がそれ言うか? こうなったら、先輩ならどれも気持ちいいって言わせてやるか」

「先輩こそ、私じゃイケない体になっても知りませんよ」

「はっ! 上等だよ。足腰立たないようにしてやる」

お互い減らず口を叩いているうちに、薄っすらと4年前の事が蘇ってくる。
先輩は仕事では柔和でいながら隙がないタイプなのに、仕事帰りに二人で深酒すると、こんな調子のやり取りをいつもしていた気がする。
色気も何もないけれど、これが先輩と私のちょうど良いスタイルなのだろうか。
もっと深く結びつきたいけど、こうやって掛け合いをしているのも楽しいなと考えていると、胸元にチクリと痛みが走る。

「……痛っ!」

「集中しろよ、一香。もう昔みたいに、言葉遊びだけじゃ終わらせねーよ」

「先輩、今、私の頭のなか、読みました?」

「変な顔して笑ってたからな」

「先輩だって思い出してたんじゃないですか」

「……おまえ、本当はやっぱ怖くなったんじゃないのか」

いざその時が来ると、慄きよりは怖さが襲ってくる。こんなに好きになっているのに、後戻りできなくなる。今までの恋は、始まってしまったら、後は終焉に向かうだけだったから。いつか失うかもしれない未来を考えて、足踏みしてしまいたくなる気持ちもある。誰かを好きになるって、楽しいことだけじゃなかったと改めて気が付く。

「大丈夫。怖いのは俺だって同じだし。もし相性悪くても、お互い努力だけはしてみような」

「じゃあもう、黙らせてください」

先輩には、きちんと私の意図が伝わったようだ。
私の唇はあっという間に塞がれて、ソファでした初めてのキスよりももっと深く先輩の舌が侵してくる。
先輩とするキスは、すぐに気持ちが良くなって、訳が分からなくなる。
何が起きているか分からないまま既成事実だけが残れば、ひねくれ者の私でも、もっと素直に先輩の胸に飛び込んでいけるのかもしれない。

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