最後の男(ひと)
「……え? これって……」

「受け取ってほしい。一香のこと、絶対大切にする」

ドラマや映画で見たことがあるシチュエーション。
ケースの蓋を開ければ、そこにあるのは予想通り、光り輝くダイヤモンドのエンゲージリング。

「本番のは、帰国した時に改めて用意するから、これは仮の。一香が抜き打ちでくるから、完全に俺の趣味だし」

先輩は、私の左手を取ると、薬指にリングを通していく。サイズ感もぴったりだった。
気付けば、先輩の胸に飛び込んでいた。

「仮じゃなくていいです。これが本番がいい。先輩……、すごく嬉しいです」

先輩に会いにいく事を決めた日から、直前の飛行機の中でも、本当に会えるか自信がなかった。
敢えて、現代的な連絡ツールを使わず、エアメールだけにしたのは、定められた運命か見極めたかったから。

先輩が一時帰国を終え駐在先のアメリカに戻る時、直前に二人で初めて観た映画のように、連絡の手段を手紙にしてみないか、と提案してきたのは先輩だった。
世界中リアルタイムに繋がれる時代だからこそ、手間を掛けて手紙を書いたり、簡単に会えない方が気持ちが募っていくのではないかと、映画の実験から始まったことだった。
先輩の提案は功を奏して、帰宅してポストを覗くという単なるルーティーンが毎日の楽しみになっていた。
一週間の長旅を経てようやく届く手紙は、たまに順番を前後して届くこともあって、そんな事も楽しむ事ができた。

< 52 / 53 >

この作品をシェア

pagetop