彼は私の全てだった
「お前、もしかして何か聞いたの?

地元に帰って…誰かに俺の母親のこと聞いた?」

母親の話を始めると
シュウの顔がみるみるうちに変わっていく。

さっきまでの優しいシュウが目の前から消えていった。

それだけ母親の死がシュウにとって大きな傷になっている証拠だった。

「シュウ…あのね、怒らないで…

偶然聞いちゃったの。

でも…シュウ…シュウは本当のこと知ってるの?

事実は…違うって思わない?」

シュウは壁を思い切り叩いた。

私は肩がすくんでその場に座り込んだ。

怖かった。

怖かったけど…シュウに本当のことを言わなければと思った。

「お前、何様?

事実は違うって…お前こそ何も知らねーくせに人の人生に土足で踏み込むな!」

さっきまで私を抱きしめてたシュウの手から真っ赤な血が滲んでいた。

「シュウ…シュウのお母さんは…生きようとしてた!

シュウを捨てた訳じゃなかったんだよ!」

私は真実だと信じてそれを口にした。

でもそれは正しい選択じゃなかった。

「お前が何聞いたか知らねーけどな、
当事者でもないお前に何がわかんの?

あの日、あの場所で…

あの女が命を絶ったあの場所で…

何が起こったのか…少なくとも俺はお前より知ってる。

人が噂することが真実じゃないって知ってるんだよ。」

シュウの瞳から涙が溢れて落ちた。

「俺が言ったんだ。

もう帰って来るなって…

お前みたいな母親…戻ってきても、恥ずかしくて外も歩けないから二度と帰って来るなって。」

考えもしなかった。

母親と男が命を絶つことを
もしかしたらシュウはその前に気づいていたのかもしれない。

「背中押したのは俺なんだよ。」


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