恋を知らない
「いやあ、悪い悪い。さっき出がけに用を足してきたんだけど、またもよおしちゃってさ。人間はそういうところが不便なんだよ。さあ、今度こそチケットを引き換えようぜ」
マリアは怪訝そうにぼくとキョウの顔を交互に見たが、結局は何も言わなかった。
ぼくらはホールに引き返してチケットを手に入れると、上映時間の少し前に入場した。
アニメはふたつある大ホールのうちの片方での上映だった。ずっと上映が続いて打ち切り間際まできているというのに、それでも観客は多かった。
ぼくらはホールの2階にあるロマンス席へ向かった。
二人掛けのゆったりしたソファが並んでいる。高い背もたれが、座る部分をコの字型に囲んでいる。恋人同士で座って手を握っていても、まわりから見えることはない。
ぼくとマリアが同じソファに座り、となりの席にキョウとカナが座った。どちらもスクリーンを少し左斜めに見る席だ。
アニメが始まった。
主人公のウサギは中学生の男の子。弱虫・泣き虫だが、ある日道で拾ったペンダントのせいで、いやおうなしに冒険の旅に出ることになる、という話だ。
ぼくはなんとかしてスクリーンに集中しようとしていた。だが、少し気をはって観ていても、いつの間にか思いは「めぐみ」のほうへ向いてしまっているのだった。