恋を知らない

ぼくは動揺していた。

「めぐみ」にカレシがいることを知ったとき、確かにそれはショックで、鈍器でなぐられたような衝撃的な痛みを感じた。

それから少し時間がたった今、ショックによる痛みは、じわじわとした押し潰されるような苦しみへと変化しているのだった。

胃の上部に重い石を詰められているような気がする。のどが渇いて、全身にいやな汗をかいていた。

くそっ、どうしてぼくじゃいけないんだ? なんの特徴もない、つまらないあの青年じゃなくて、どうしてぼくが「めぐみ」のそばにいることができないんだ?

考えてもムダなことだと、頭で理解はしていた。

世の中にはうまくいかないことがある。そう言いきかせて自分を納得させようとする。しかし感情はちぎれそうで、少しも思い通りにはなってくれないのだった。

気がつくと、よい香りがしていた。マリアがもたれかかってきて、ぼくの肩に頭を預けている。

マリアロボットは男性の発情をうながすために、自由にフェロモンに似た香りを発することができる。

今マリアから漂ってきているかすかな香りは、夜の淫靡な雰囲気を連想させた。おまけに、マリアの手のひらがぼくの手の甲にかぶさって、くすぐるように動いている。

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