恋を知らない

ふっと空気が変わったような気がした。

「めぐみ」のマリアは動きを止め、ひざまずいたまま、眼球だけを動かしてぼくを見上げた。

やがてぼくの下腹部から手を放し、すっくと立ちあがった。

彼女はぼくの肩くらいの背たけだった。瞬きのない目でじっとぼくを見上げている。その顔に表情はなかった。健康的に日焼けしたような顔の色が、今は冷え冷えとした金属のかたまりを連想させた。

怒っているのだ、とぼくは理解した。

マリアロボットは性の相手をする役目を持っているから、基本的には怒らない。

それでも怒ったときにはこんな無表情になるのだ、とぼくは知った。それはひどく恐ろしいものに感じられた。

重ぐるしい沈黙が続いたあと、ようやく「めぐみ」のマリアが口を開いた。

「なにそれ?」

口調がとがっていた。

「なに、って……?」

「めぐみ、って誰よ?」

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