「英国の月は、暁に映る恋に溺れる」
艶っぽくて甘い嫋やかな声。

電話口に出たのは最終的に伊原さんでも、私でもなく。たった今出勤してきたばかりの伊原さんと同期の、つまり私の2年先輩にあたる錦戸 マリさんだった。

色白で薄い耳たぶに一粒ダイヤのピアスが繊細にきらめく耳元に受話器をあてがって、小首を傾げるマリさん。

その仕草に、ゆるくカールしたハニーブラウンの長い髪が受話器を持つ手の方へ流れて彼女の首筋は露わになっていた。強烈な色香を放つマリさんに同性の私でさえ思わず目を奪われた。

彼女の魅力はこれだけではない。

錦戸 マリさんはいわゆるオフィスのマドンナ的存在。

背が高く、手足とウエストはスレンダーでありながら豊かな胸元とキュッと上がった丸いヒップの持ち主で、モデルさながらのスタイルをしている。

それに加えて肌は陶器のように滑らかで美しく透明感がある。美肌が彩るマリさんの顔立ちはフランス人形と見紛うような西洋風の高貴な美貌をたたえていた。

オフィスという閉鎖的な空間に囚えておくには勿体ない美女のマリさん。

外見だけではなく人柄も素敵な女性で、気配り上手で優しいマリさんは私が入社したての頃、隣のデスクの私が覚えたての業務にまごついていることに気がついて、いつもそっとフォローしてくれた。

さっきだってオフィスの状況を見て真っ先に受話器を取ってくれた。

今だに受話器を置く気配がないマリさん。

私は充見先生からのメールを確認しつつ、意図せず耳に流れ込んでくるマリさんの声を聞いていた。

「......はい。はい......!」

電話の相手と会話が進むにつれて、マリさんの声は次第に重々しくなった。

それから彼女は一瞬大声を出しそうになったのを押し殺したかのように息を飲むと、小さく呟いた。

「充見先生が......」

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