赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う


「お詫びなどと、軽々しく口にすることも許されないと思います。けれど、本当に……本当に、申し訳ありませんでした」


 その場に泣き崩れるヨエルは、何度も「申し訳ありません」と社債の言葉を繰り返す。そんな彼女の前でアルファスは膝を折り、尋ねる。


「理由を聞いてもいいか?」


 ヨエルは首を縦に振り、震える唇で真実を語りだした。


「弟は幼いころから、肺を患っておりました。その治療に薬が必要だったのですが、庶民に払える額ではなく……。お金が必要でした」


 それだけで、どのような取引が大公とされたのかがわかった。アルファスは怒りと慈悲の間で心を揺らしているのか、眉根を寄せて険しい顔をしている。

その表情を見たヨエルは目を伏せ、取り返しのつかない罪に怯えるように両手を握りしめた。


「大公殿下は薔薇を陛下の部屋に置いてくるだけで、生涯治療の補助をしてくださるとおしゃってくれました。私は疑いもせず、甘い話に乗ってしまった」

「では、毒を塗られていたことに気づかなかったのか?」


 目を瞬かせるアルファスに、戸惑いながらもヨエルはうなづく。


「はい……。ですが、倒れた前国王陛下の指に小さな刺し傷があったとお聞きして、すぐに私の運んだ薔薇の棘でできたものだとわかりました」

「薔薇を届けに行ったとき、父様は部屋にいなかったのか?」

「部屋にはいらっしゃらなかったですけれど、廊下で前王妃様とお話しているのを見かけました。とてもお元気そうで病で倒れたなんて信じられませんでした。私は大公殿下に話を聞きに、部屋の前まで行ったのですが……」


 嫌なことでも思い出したのだろうか。ヨエルは青い顔で口元をおさえると、深く息を吐きだす。


「前国王の毒殺に成功したと、ルゴーン公爵様と話しておられました。大公殿下自ら、棘に毒を塗ったのだと……っ」


 両手で顔を覆い、泣き出すヨエルをアルファスは茫然と眺めていた。真実を知っていくたびに、彼の心の傷は何度も抉られている。

それは国王として乗り越えなければいけない痛みなのだとしても、シェリーは見ていられずに目を伏せた。


「そう……か。話してくれてありがとう。それから、すまなかった」


 耳に届いたアルファスの言葉に、シェリーは顔を上げる。なぜ、自分の大事な者を奪った相手に謝るのかが、理解できなかったからだ。


「僕たち王族の権力争いに、君を巻き込んでしまったから。民の弱みに付け込んで、罪を背負わせた僕たちに罪があると思う。これって間違ってるか?」


 眉尻を下げて、アルファスは不安げにシェリーを振り返る。いつの間にか、ものすごい速さで成長していく教え子を目の当たりにして感慨に打たれていた。 


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