赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「わかった。すぐに向かうと伝えろ」
「はっ。かしこまりました」
スヴェンの指示に背筋を伸ばして頭を下げると、騎士は「それから……」となにかを差し出す。
彼の手に握られていたのは、斑点模様の黒薔薇だった。
「これはなんだ?」
「部屋の間にこんなものが落ちておりました」
「そうか、もう戻れ」
薔薇を受け取ったスヴェンに「はっ」とお辞儀をして、騎士は足早に部屋を立ち去る。スヴェンはそれを見送ることなく、視線を薔薇に注いでいた。
「その薔薇……前に大公殿下の服についてた花びらと一緒です。意味は死ぬまで憎む、戦争や戦い……」
シェリーは顔を青ざめながら伝える。
「大公殿下は前国王とアリシア様を取り合っていたらしい。最終的には前国王と結ばれたが、〝あなたがどんなに不誠実でも愛してる〟という薔薇の意味からするに未練があると考えられないかい?」
大公が前王妃を好いていたという衝撃の事実に、シェリーは耳を疑う。
大公は前国王の弟君にあたるので、実兄の妻を愛してしまったということになるからだ。
信じられない気持ちでスヴェンを見れば、大して驚いた様子もなく苦い顔をしている。
どうやらウォンシャー公爵の言うことに、スヴェンも憶えがあるらしい。
「そういえば、即位式の日もルゴーンが聖帽を脱ごうとしたときに大公殿下が止めたな。あれは、神官に扮したルゴーンの正体が公になるのを危惧したからか?」
それはシェリーの記憶にも真新しく刻まれている。
なにせ、自分が刺された日の出来事だから余計に覚えている。あの狂気的なルゴーンの顔は今でも脳裏にこびりついて離れない。
思わず身震いするとスヴェンに肩を抱き寄せられた。言葉はなかったが、守ると言われているようで恐怖心が和らぐ。
「あの薔薇はルゴーン家の庭園に咲いていたものと同じだよ。公爵同士の付き合いで屋敷を訪れたときに見ている」
だからあのとき、ウォンシャー公爵は薔薇の花びらを見てルゴーン家の庭園で見たとき以来だと言ったのだ。
不吉な意味しかもたない黒薔薇をわざわざ栽培する家はそうそうないから、簡単には忘れないだろう。