赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う


「スヴェン、前国王と同じ手口で毒を盛ったのに前王妃様は死ななかった。つまり、大公殿下はアリシア様を本気で殺す気はなかったんだ」

「愛しているからか」

「そういうことになる」


 ウォンシャー公爵は同意するように頷いて、部屋の出口に歩いていくと扉に手をかけた。


「うまく逃げてくれよ。できるだけ時間は稼ぐから」


 そう言ってひらひらと手を振るウォンシャー公爵は扉の向こうへ姿を消した。部屋に取り残されたシェリーたちは顔を見合わせる。


「シェリー、お前は何も知らなかったことにして自分の邸に帰れ」

 突然突き放すような言い方に、敬語すら忘れて「え?」と聞き返してしまう。
当然ついていくつもりだったので、帰れと言われたことがショックだったのだ。


「お前を巻き込むわけにはいかない」

「スヴェン様、私はあなたを愛しているのです。ひとりで無茶させられません。それに、アルファス様は私の教え子でもありますから、助けたいのです」


 凛とした姿勢を崩さずに、はっきりと意思を伝える。なにができるかはわからないが、なにもしないで自分だけ安全な場所にいることなどできない。


「俺も愛しているからこそ言うのだ。お前を失いたくない」

「私もあなたを失いたくない。どんなときも側にいてください!」

 彼の胸に縋りつけば、苦しげに「シェリー」と名を呼ばれ、強く抱きしめられる。


 腰を引き寄せる腕の強さや頬に感じる温もりもすべて失いたくないと、自分からも彼の背に腕を回した。


「馬車を待たせてあります。御者はかつてローズ家に仕えていた者なので信頼してくださって結構です。ですから、それで遠くに逃げましょう」


 腕の中から彼を見上げてそう言えば、スヴェンは困ったように笑った。


「お前に言われると、すべて肯定せねばならないような気になるな。先生に怒られているような気になる」

「もう、スヴェン様ったら冗談をおっしゃってる場合ではないのですよ?」

「わかっている。お前の意思が変わらぬのなら、最後まで共に行こう」


 スヴェンの手がシェリーの両頬を包み込み、そっと上向かせる。唇に触れる吐息に心臓がトクリと跳ねた。



「これは守り抜くという誓いだ」

「はい……んっ」


 スヴェンからの口づけをどこか厳かな気持ちで受け止める。頬に触れている彼の手の甲に自分の手を重ねると、指を絡めるようにして握り直された。


 そしてゆっくりと触れ合っていた唇を離すと、決意を秘めた互いの瞳を見つめ目返す。


< 81 / 135 >

この作品をシェア

pagetop