赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「シェリーの手はあったかいな……。僕、母様とふたりがいてくれるなら王位なんていらないよ」
「今は疲れて弱気になってしまっているだけです。そのように気を落とされないで」
「でも、もうたくさんなんだ。叔父様がくれた薔薇に毒がついてて、それで母様が倒れて……。誰を信じたら、大切な人が傷つかないのかがわからないっ」
薔薇はやはり、大公がアルファスに渡したらしい。王位のために孫にすら容赦なく魔の手を伸ばす大公が恐ろしくてたまらなかった。
ふと膝の上に乗るアルファスの拳が震えているのに気づいたシェリーは、なんて声をかけていいのかわからずに目を伏せる。
すると、それまで黙っていたスヴェンが静かに口を開いた。
「あなたは国王を継いだ身。王位がいらないなどと、軽く口にされては困ります」
それは、十歳の少年にはあまりにも厳しいひと言だった。案の定、アルファスは目尻を釣り上げて、スヴェンに掴みかかる。
「お前は僕の味方だったんじゃないのか!」
「そうです。だからこそ、厳しくするのです」
「僕にどうしろって言うんだよ……っ」
抱えきれない苦しみが、ついに爆発した。
アルファスは大声で泣き出してしまい、その間スヴェンは何も言わずに視線を窓の外へと投げていた。
しばらくして、アルファスは泣き疲れたのかスヴェンの膝の上で寝てしまった。馬車の中には静寂が訪れて、シェリーは恐々と声をかける。
「スヴェン様、なぜあのようなことをおしゃったのですか?」
母を危険に晒しただけでなく、信頼していた叔父にまで裏切られた彼は、王位を投げ出したくなってしまってもおかしくない。
まだ十歳なのだ。この短時間で彼が味わった絶望は、その小さな体で抱えきれるものではない。
「確かに、王は誰よりも理不尽で裏切りのあふれる茨の道を歩まねばならん。だが、王でなければ、その理不尽から大切なものを守れないのだ」
膝の上で眠るアルファスの頭を撫でながら眉尻を下げるスヴェンを見て、きつくあたったことに胸を痛めているのだとわかった。
それでも厳しく接したのは、アルファスに乗り越えてほしいからなのだろう。苦悩の先にある強さを手に入れてほしいから。