言い訳~blanc noir~
「勝手な話だよね。和樹を騙して結婚してさ、和樹から離婚してくれって言われたとき頑なに拒んだのは私。なのに今になってやっぱり離婚して欲しいなんて私が言える立場じゃないんだけど。ただ―――」

 夏海は和樹から目を逸らすとあの日以来辞めていたはずの煙草に手を伸ばし、気まずそうな笑みを浮かべながら火を付けた。

「また煙草吸い始めたんだ」

 和樹がそう言うと、夏海は細く煙を吐き出しながら子供のように「えへっ」とおどけてみせた。

 夏海のそんな笑顔を見るのは久しぶりだった。

 過ちのような結婚生活を5年半ほど続け、気が付けば今年の7月で6年になろうとしている。この短くはない年月、夏海と向き合う事すらせず、まるでその存在を否定するかのように目を逸らしながら暮らしてきた。

 たまに夏海が何を思っているのか気になる事もあった。しかし気持ちのどこかで復讐してやりたい、痛めつけてやりたい、そんな思いと共存していたように思う。

「私が煙草吸ってる事すら気が付いてなかったでしょ?」

 皮肉っぽく言った夏海に和樹は「ああ」と目を細め笑った。

「私、貪欲なんだと思う。自分が悪い事したのはよくわかってる。だけど幸せになりたいって思うの。温かい家庭が欲しいんだ。妻として女として旦那さんに愛されて、笑いがあって、たまにはケンカして。それに子供だって欲しいの。でももう私今年34歳になるじゃない?そろそろ年齢的な事もあるから不安にも思うしね」

「普通はそういうふうに考えるんだろうね」

「多分ね。普通じゃない事した女が普通を求める事自体おかしな話だと思う。でもやっぱり私、幸せになりたい。だけど和樹とこのまま一緒にいても……」

 夏海が言い辛そうに口を閉ざす。和樹は目元を緩め夏海を見つめた。

「俺と一緒にいても幸せにはなれないよ。俺、沙織が死んだときに一緒に死んだみたいなものだから」

「そうね。和樹と沙織さんの間にはどうやっても踏み込めない事がよーくわかった。もうね、和樹は浮かばれない亡霊なんだよ」そう言って夏海が笑った。

「沙織って意地悪だよな。さっさと俺を迎えに来てくれたらいいのに」

「悪い人間ほど長生きするんじゃないの? もうさ、この際、悪行に悪行を重ねてみたら? そうしたら誰かが殺してくれるかもよ」

「ああ、それいいかもな」

 二人で顔を見合わせて笑う。こんな健全とは言い難い会話を交わしながら、どこか、夏海と分かりあえたような気がした。

 皮肉なもんだな。

 和樹が苦笑いする。
< 169 / 200 >

この作品をシェア

pagetop