言い訳~blanc noir~
 そう言った後、沙織は鳴き続けるクロと共にドアの外に姿を消した。


 今すぐにでも沙織の元に駆け出したかった。

 遅くなってごめんな、と、クロを抱きしめたかった。

 そして沙織の事を抱きしめ、冷え切った体を温めてあげたかった。


 それが出来ない自分に苛立ちと情けなさを感じながら和樹は鍵穴にオートロックキーを差し込んだ。

 エレベーターに乗り込むと美樹が吹き出すように笑う。


「さっきのおばさん、猫連れてたけどさ、猫連れて来るなら相手のところに連絡してから行かない? しかも袋からネギ見えてたけど袋からネギって所帯じみてるよね? 年取ってもあんなおばさんにだけはなりたくないわ。服装もださかったし」


「何がおかしいんだよ」


「え?」


「何がおかしいんだよ!? 袋からネギが見えてるのがそんなに笑える話なのか?」


 自分の感情がどうしても抑えられなかった。笑顔を貼り付けたままの状態で美樹が固まっていた。


「なに怒ってるの……?」


「合わないよ、俺と美樹ちゃん。価値観も考え方も、全部」


 エレベーターの扉が開く。冷気が吹き込み和樹の前髪を揺らした。和樹は美樹を無視するように部屋へと歩き出した。


「椎名さん、待ってよ!!」


 美樹がヒールの音を鳴らしながら和樹の後を追いかける。部屋の鍵を開ける和樹の手に美樹が腕を巻きつけてきた。


「悪いけど帰って」


「帰らない」


「帰ってって言ってるのがわからないの?」


 美樹の腕を振り払うと靴を脱ぎ部屋の中に入った。美樹は呆然とした表情を浮かべ、突然態度を変えた和樹の背中を玄関先から見つめていた。


 どうして私がこんな態度を取られないといけないの? 何を怒ってるの? 私、何かしたの?


 美樹は意味がわからない。しばらくそのまま玄関に立ち尽くしていたが、嫌な予感を感じとった。

―――別れが訪れるかもしれない。

 心臓が途端に暴れはじめた。いや、絶対に別れたくない。

 慌ててブーツを脱ぎ、和樹の傍に近付いた。


「……椎名さん?」


 美樹には顔を向けず、まるで存在を否定するかのように和樹は煙草の火を点ける。


「椎名さん! ねえ、どうして怒ってるの?」


「怒ってないよ」


「怒ってるじゃない! どう見てもその態度怒ってるじゃない!」


 ソファに座った和樹の両肩を美樹が揺さぶった。

 なんで? どうして? 反応の薄さに美樹は泣きそうになった。「なんとか言ってよ、ねえ」発した声が震えていた。
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