言い訳~blanc noir~
 目と耳を疑った。

 その男は和樹と沙織が座るテーブルの前で足を止めると沙織を見下ろす。

 男に気付いた沙織が顔を上げると、大きく目を見開いたままがたがたと震えだしたのだ。


「ひろ君……」


 ひろ君。沙織はこの男をそう呼んだまま声を失っていた。


「お前何で電話でねえんだよ」


「……気付かなかったの」


「嘘つけこら。お前携帯見てただろうが!! なに嘘ついてんだよこら!!」


 店内が一気に静まり返り、隣のテーブルに座る若い女性客が怯えたように身を小さくしていた。


「ごめんね……ごめんね、ごめんなさい……」


 沙織は口元を両手で押さえ、恐怖からなのか瞳から大粒の涙を零している。この男が誰なのか、そんな事をいちいち聞かなくてもすぐにわかった。


 沙織の夫だ。


 男が沙織の胸倉を掴む。


「やめてもらえますか?」


 和樹が立ちあがり、その男が振り上げた拳を掴んだ。


「なんだよお前?」


「沙織さんの友人です」


 そう答える事しか出来ない自分が情けなく思った。


「友人? はあ? 俺、こいつの旦那ですけど?」


「だったら、沙織さんにそんな乱暴な事をするのはやめてもらえませんか?」


 真正面からその男を見据える。


 空気が今にも破裂しそうなほどに張り詰めていた。
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