言い訳~blanc noir~
 沙織は力なくうな垂れたまま何も言葉を発さない。

 この女が夫の愛人なのか。

 和樹は女に視線を向ける。


 この男の隣にいても全く不自然さを感じないほど品がなく、露出する事が女の色気であると大きな勘違いをしている安っぽい女のように見えた。


「沙織、来週までに5万用意しとけよ。出来なかったらわかってんだろうな?」


「ひろ君、私本当にお金ないの……ごめんなさい……」


 沙織はこの男を「ひろ君」と呼び、女は「リョウ」と呼んでいる。どちらの名前もこの男を指しているようだ。

 和樹は沙織の姓である広瀬という名を思い出した。もしかすると、ひろ君と言うのはこの男の姓からつけられた呼び名なのではとふと思った。


 広瀬リョウ。

 それがこの男の姓名なのか。


「金がねえなら店で働けばいいだろ? お前は体しか取り得はねえんだから」


 その言葉に和樹は眉間に皺を寄せた。思わず殴りそうになった。握った拳が小刻みに震えている。

 しかしこんな程度の低い男を殴ったところで気休めにしかならないだろう。殴れば慰謝料だなんだと大騒ぎでもしかねない。

 こういう輩はプライドなどというものは持ち合わせていないだろう。和樹は不快な表情を露わに財布を取り出すと札入れから5万円を抜き、男に突きだした。


「お貸しします。他の方のご迷惑にもなりますし、僕自身、不快ですのでお引き取りください」


 すると男はいやらしい笑みを浮かべると、すんなり金を受け取り、ひらひらと金を沙織の鼻先でちらつかせた。


「じゃお借りしまーす。ああ、金は沙織から返してもらってください」


 男は沙織の頭を札でぽんぽんと叩くと隣に立つ女がぷっと吹き出すように笑った。


「じゃあな」


 男とその女は顔を見合わせながら出て行った。子供が後を追うようについて行く。その子供の襟足が金色に染められていた。


 嵐が過ぎ去ったかのように店内が静まる。場違いなBGMだけが陽気に響いていた。


「―――お騒がせいたしました」


 和樹が店長に頭を下げ、周囲のテーブルの客に会釈すると沙織の手を引いた。


「沙織、行こう」


 沙織は真っ青な顔で力なく頷いた。
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