副社長と恋のような恋を
「お仕事はなにをなさっているんですか?」

 反射的に事務職ですと答えようとした。でも、窓ガラスに映る自分の姿は都築麻衣。さっきメガネを取ってしまったせいで紛れもなく作家の私がいる。どうせ二度と会うこともない人だ。作家だと言っても、酔っぱらいの戯言とでも思ってくれるだろう。

「作家です」

「すごいな。なんて名前なんですか?」

「内緒です。私、覆面作家だから」

「こんなにきれいなのに顔を出さないなんてもったいない」

 バーテンダーがカクテルを彼の前に置いて静かに去って行った。彼はカクテルを目の高さにまで軽く上げて、いただきますというような雰囲気を出した。私はそれに軽く頷いた。

「うん、美味しい」

「ライム、潰さないんですか?」

 ライムリッキーはグラスに入っているライムを潰しながら飲むもの。彼はそれを潰さずに飲んだ。

「残り半分になったときに潰すんだ。そうするとライムの味を堪能できるから」

 彼はそう言って、またカクテルに口を付けた。

「聞いていいかな?」

「はい」

「どうして覆面作家を選んだの?」
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