副社長と恋のような恋を
 低い声が耳に届いた。相手の顔を見るとそれなりに整っているように見えた。声良し、顔良しの男がひとりバーへ。ナンパかなと思いつつ、どうぞと答えた。

「なにを飲んでいるんですか?」

「雪街月です」

「寒い冬にはぴったりのカクテルですね。俺はジンリッキーにしようかな」

 バーテンダーはかしこまりましたと言って、カウンターの中に入って行った。

「いいバーですね。よく来るんですか?」

「ときどき」

「俺は初めて来たんです。知り合いに進められて」

「そうなんですか」

 会話を続ける気がない私は、短い言葉で返すようにした。

「その腕時計、素敵ですね。ムーンフェイズ、俺もそのタイプの腕時計、持っていますよ」

 その言葉に思わず、相手の腕時計を見た。その時計はうちの会社で販売している時計だ。限定モデルで、腕時計愛好家なら手に入れたい代物。しかもハイクラスの時計で、一般的な収入の人間が買うことはないものだ。

「ありがとうございます。そちらも素敵な時計をしていますね」

「ありがとう。時計が昔から好きでね、奮発して買ったものなんだ」

「そうなんですか。とてもお似合いですよ」

 時計の話になり、思わず話に乗ってしまった。カクテルを一口飲んで、窓の外に目を向ける。
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