副社長と恋のような恋を
 そっか、才能がないならとにかく頑張るしかないんだ。当たり前のことなのに、才能ある作家さんに囲まれて生きているせいで、そんな単純なことも忘れてしまっていた。少し心が救われた。

「天才でなければ秀才になればいい、いい言葉ですね」

「世の中にあるありふれた言葉だよ」と言って、彼は微笑んだ。

「どんなジャンルの小説を?」

 そう言いながら彼は、ライムを潰した。

「多いのは青春群像ものですね。デビューした作品もそういう感じのもので。今は恋愛小説を考えているんですけどね、上手くいかなくて」

「恋愛ものか。それは難しいよね。ある種、自分の恋愛観をさらけ出さないといけない部分があるだろうから」

「ええ、私の恋愛観なんて多寡が知れているから、担当編集者さんに怒られてばっかり。しかも結末は結婚まで持ってかないといけなくて。誰かと婚約すらしたことない人間なのに。未婚の作家さんはどうやって書いているんだろう」

 雪街月を飲み干し、新しいカクテルを頼もうとメニューリストに目をやった。

「未経験のことを書くって大変だよね。知り合いの実体験を参考にするとか。あれ、もしかして今日、誕生日?」

「しまった。このチョコレートを最初に食べちゃえばよかった」
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