きらり、きらり、


それが夢や妄想ではないと証明されたのは午後6時。
宣言通り、普段着の小川さんが玄関チャイムを押したときだった。

「ミナツさん、お待たせしました」

仕事と変わらない笑顔で、仕事と変わらない声で。

「いえ! あの、お仕事お疲れ様でした」

あのあと慌てて買いに走った軽い素材のワンピースが、吹き込む風にふわりと踊った。

「何が食べたいですか?」

初めて並んで歩いた小川さんは、わかっていたけど結構背が高かった。
大きな歩幅を弾ませるようにする配達のときと違って、今は私に合わせてゆっくりゆっくり歩いてくれている。

正直なところ、緊張してるし胸がいっぱいで、お腹のことまで考える余裕はなかった。
だけど「なんでもいい」って答えたら、きっと困らせるだけ。

「ラーメン、かな?」

あっさりしたラーメンなら、きっと無理なく食べられる。
それに余程のことがない限り格式は高くない。

「お酒は飲みますか?」

黒い曲線的な車の運転席を開けて、小川さんが聞いてきた。
どうぞと助手席を示すので、お邪魔しますと乗り込む。

「えーっと……」

車に乗るだけで余裕をなくしている私には、単純な質問すら頭の中を空回りする。
そんな私を見て、小川さんはくつくつと楽しげに笑った。

「そんなに難しく考えないで」

「あ、はい。じゃあ、ちょっとだけ、飲みたい、です」

飲んだら少しは落ち着くのではないかと、安易な逃げからそう答えた。

「それなら龍華苑は?」

知っているお店を提案されて、ようやく少し余裕が持てた。
もしこれが知らない高級料亭ならば、輪ゴムを食べても気づかないくらい緊張したと思う。

「あ、行きたいです! しばらく行ってないので。杏仁豆腐食べたい!」

小川さんはまた笑って、スルスルと車を滑らせた。
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