大江戸ロミオ&ジュリエット

「あ、それから……今朝、旦那さまの髪を結った者であるが」

さりげなく、おせいに尋ねてみる。

「あっ、あの男前のっ」

おせいが頬を染めて、はしゃいだ声を上げる。

「いつもの髪結いが……そん人も男前だけど……なんだか急に具合が悪うなったそうで。
あたいも、今日の髪結いを見たんは初めてのこってす」

どうやら、おせいは男前に目がないらしい。

「若旦那さまの御髪(おぐし)がいつも流行(はや)りの真ん前を走ってなさるんは、いつもの男前の髪結いが毎朝結ってっからで……」

確かに多聞の髪型は、当世流行りの細い(まげ)を高く結った本田髷だ。


それから、水を得た魚のごとく、おせいの取り留めのない話が続く。心を開いてくれたおせいは、気さくにしゃべる。これまでむっつり黙っていた者とは別人のようだ。

おせいは世田谷村の百姓の出で、二年ほど前に弟妹の多い実家から口減らしのために松波の家に奉公に来たという。

「……おまえとのおしゃべりは楽しいが、他にご用は云いつけられておらぬのかえ」

志鶴が微笑みながら訊くと、おせいは、

「あっ、いけねぇ。油売ってちゃぁ、おたつさんに叱られっちまうべ」

と、あわてて腰を上げた。
おたつとは女中頭の名であった。

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