大江戸ロミオ&ジュリエット
「話はもう終わったな……志鶴、引き上げっぞ」
多聞が立ち上がった。
「おい、愛想がねぇな。まだ、いいだろうよ」
源兵衛が引き留める。
「こいつぁ、だれかさんのせいで『江戸患い』になりかけちまってたんだぜ」
多聞が顎で志鶴を示してから、源兵衛をぎろり、と睨む。
医師の玄丞は帰る間際、
『早う気がついて、ようござった。
このまま、菜を摂らず白い飯ばかり喰うてござったら『江戸患い』になるところじゃ』
とは云っていたが。
多聞の物云いは、明らかに大袈裟である。
「江戸患い」とは、野菜などが不足して足がむくんで痺れ、やがては心の臓が弱まっていくという「脚気」のことである。
歴代の公方(将軍)様の幾人かも患って、死に至らしめた怖ろしい病だ。
実は玄米に含まれる成分でかなり防げるのだが、精米の技に優れた江戸では白米を食しているがために患う者が多かった。
だから、養生のため諸国に下ると、自然と玄米を食するようになるので、病が軽くなる。
ゆえに、人々から「江戸患い」と称された。