大江戸ロミオ&ジュリエット
「起っきゃがれっ、多聞」
源兵衛は莨盆にある灰入の縁を、煙管で鋭く叩いた。カン、という響きとともに、役目を果たした刻み莨が、ぽとり、と灰入の中に落ちる。
「初めて惚れた女への熱に浮かされて、軽ぅく『身請』って云ってやがっけどよ。
……女郎一人、落籍かせんのに、どんだけ金を積まねぇといけねぇのか、おめぇ知ってんのか」
源兵衛には、今の多聞の心のさまが、手に取るがごとくわかった。焦りに焦る心持ちはお見通しだ。
実際に、あの夜から多聞とおさよは、人目を忍んで、幾度も身体を重ねていた。
昼間しか会えぬから、互いに御役目や仕事の最中に、こそこそと抜け出していた。
初めて女を知った多聞は、おさよの身体にすっかり虜になっていた。
男であれば一度は通る道である。