大江戸ロミオ&ジュリエット

知らず識らずのうちに、志鶴の夜着を掴む手が緩んでいた。そこを見計らって、いきなり多聞が夜着をひっぺ返した。

(あら)わにされた志鶴の顔を見て驚く。

「……どしたんだ、おめぇ……泣いてるじゃねぇか」

志鶴の(なつめ)のような瞳からは、涙がはらはらと幾筋も流れ落ちていた。多聞がそっと、志鶴の目からあふれ出たその涙を指で拭った。

志鶴は松波の家に嫁入ってから、家人の前で涙を見せることはなかった。

だれも頼る者がいない中で、姑の富士からは執拗な嫌がらせをされた。夫の多聞には、すれ違いの果てに誤解され、叱責されてしまったこともある。

さりとて……決して、涙は流さなかったのに。

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