大江戸ロミオ&ジュリエット

かような多聞のやさしさを、他のだれかと分かち合わねばならぬのは、到底、(ゆる)せなかった。

いや……今宵、我が身に向けられた「やさしさ」は刹那のもので「仮初(かりそ)め」だ。
本来は梅ノ香に向けられるべきもので、おのれはその「身代わり」でしかない。

多聞の当番方与力の御役目には宿直(とのい)がある。
だが、家人には宿直と云いつつ、実は深川の仮宅で梅ノ香と逢っているのかもしれぬ。

いや……逢っているからこそ、(ちまた)での噂になるのだ。

そして、多聞は志鶴にする同じようなことを……
いや……それ以上のことを、梅ノ香とはしているのだ。

だから、どんどん深くなっていく口吸いにもかかわらず、志鶴はきっと今宵も生娘のままだ。
志鶴の目方が増えぬから、というのはただの隠れ(みの)だったのだ。

巷では「浮世絵与力」と呼ばれ派手に見られる多聞だが、根は実直で真面目だ。二人のおなごを天秤にはかけられぬであろう。
心底惚れたおなごしか、抱けぬに違いない。

明けの年、年季奉公を終えた梅ノ香は、晴れて多聞の(めかけ)となるであろう。今の多聞ならば、云い出したことは必ずやり仰せるはずだ。
さすれば、潮が引くように多聞の心は離れていき、志鶴は「形だけの妻」になる。

……「やさしさ」は、梅ノ香だけのものとなり、わたくしにはもう向けられることはあるまい。

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