大江戸ロミオ&ジュリエット

多聞が座敷へ入ると、下座で梅ノ香と両脇で控える見習いの「禿(かむろ)」と呼ばれる十歳(とお)ばかりのおなごたちが、三つ指をついて出迎えた。

ちなみに最上位の「呼出(花魁)」だけは客よりも上座に座る。たとえ、相手が大名や大商人などの「お大尽」であってもだ。
これは(くるわ)が呼出の価値を高めるための「演出」で、客の方もそれをわかって調子を合わせているのだ。いわば、廓内だけで通じる「ごっこ」だ。
ゆえに、さような「遊び」がわからず文句をつける客は「野暮」「半可通」の烙印を押された。

吉原の本来のしきたりでは、久喜萬字屋のような大見世は「引手茶屋」を通さねばならぬ。

大門をくぐってまっすぐ伸びた大通りの仲之町と呼ばれる道沿いに、ずらりと軒を連ねる引手茶屋は、廓の代わりに、どの女をいくらで買うのかを客と交渉する役目を担っていた。

引手茶屋との話がついた客はその二階に上がる。其処(そこ)で芸者や幇間(太鼓持ちの男衆)たちと酒宴を繰り広げているうちに、お目当ての「遊女」がしゃなりとやってくる、という寸法だ。
やがて酒宴が終われば、連れ立って廓に移り、その二階にある遊女の部屋で待ちに待った「床入れ」となる。

だが、客は「表」の初会と「裏を返す」二会では本懐を遂げることはできず、「馴染(なじ)み」として遊女に我が身を受け入れられるのは、三会からだ。
ちなみに遊女と同衾しようがすまいが、揚代はすべて同額である。

されども、火事で焼け出されたゆえに深川で構えた「仮宅」では引手茶屋を通さず、廓内の「遣り手」と呼ばれる年季の明けた元遊女の「番頭新造」が取り持つ。普段は一階の廻し部屋の客との交渉にあたっていた。
そして、引手茶屋で催されていた酒宴は、二階にある遊女の座敷でとなった。


「野暮ってぇのは(しゃく)も承知の二百(にしゃく)も合点だけどよ、今日も酒宴は無用だ。頼んである(うなぎ)はおめぇらで喰いな。
……梅ノ香と二人っきりにさしてくんねぇか」

多聞は三つ指をついたままのおなごたちに云った。

梅ノ香がうれしそうに微笑みながら肯くと、二人の禿たちは可愛らしい花簪(はなかんざし)をしゃらんと揺らしながらお辞儀したあと、しずしずと座敷を出て行った。

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