イジワル御曹司様に今宵も愛でられています

 ……嫌だ! 智明さんに触らないで!


「氷見さん、やめてください!」

 思わずそう叫んだ私は、気が付いたら二人の前に飛び出していた。


 私を見て、氷見さんは微かに首を傾げる。私が誰なのかわからないみたいだ。

 まさか氷見さん、私のことなんて忘れてる?


「藤沢、なんで」

 息を弾ませて現れた私を見て、智明さんが言葉を詰まらせた。それで、ようやく思い出したらしい。

「……あなた確か、アシスタントの?」

「藤沢です。でもただのアシスタントではありません!」

 対談の時の、私たちのやり取りまで思い出したんだろう。氷見さんの白い眉間にグッとシワが寄る。


 これ以上、優しい智明さんを困らせないで。

 でもそれ以上に、もっと強い気持ちが私の中を駆け抜けた。


「智明さんは、私の大切な人なんです。あなたには渡せません、ごめんなさい!!」


 勢いよく頭を下げ、氷見さんから智明さんの腕を奪い駆け出した。

「おいちょっと! 結月!」

 智明さんが叫ぶのも構わずレストラン街の通路を走り抜ける。ちょうど開いたエレベーターに駆け込み、『閉』のボタンあたりを何度も叩いた。


 閉じた空間に、二人の荒い息遣いが響く。

 『閉』のボタンを押した時に、一緒に階数表示のボタンも押していたらしい。

 お互いに何もしゃべれないまま、エレベーターがどこかの階に着いて止まった。
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