その瞳は、嘘をつけない。
手元の本に集中しているようで、私が近づいて行っても顔を上げる様子はない。

「あ、あの・・・・こんにちは。」

気づいてない振りを装って、お客様、失礼いたします、なんて話しかけるべきかなぁとも考えていたんだけど、口をついて出たのはこっちの言葉だった。
私の事、覚えていてくれるかなという期待を込めて。

徐に顔を上げた彼。
「あぁ、この間の。」
「覚えていてくださったんですね。」
「人の顔は一度見たら忘れない・・・職業柄。」

あ、そうか。
いくら私の印象が薄くても、記憶力がいい人はしっかり覚えているものなんだなーと、ちょっとびっくり。
こういう、自分の事しか考えられない癖も直したいんだけどなあ。

「これ、良かったらお召し上がりください。人気のチョコレートケーキなんですよ。」
「いいのか?ありがとう。」

ちょっと嬉しそう。
本当に甘いもの好きなんだなぁ。

「この辺にはよくいらっしゃるんですか?」
「あぁ、近くに大きな本屋があるだろ。あそこに行ったんだが、休憩がてら探したら開いてる店はここしか見つけられなかった。」
そう、休日のオフィス街。近隣にもカフェはたくさんあるが、土日も営業しているお店はほとんどない。

「四省堂ですね!私もよく行くんです。本に囲まれると落ち着くんですよね。」
「あぁ、そんな気がする。」

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どうしよう。会話が続かない。
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