向日葵
無人駅だと言うことは、辺りを見回すまでもなく気付いたのだけれど。


駅名を確認しても、ここがどこだかはサッパリわからず、そんな自分に苦笑いを浮かべてしまうのだが。


とりあえず的に海の方に向かって歩いてみようかなと、そう思いあたしは、きびすを返した。


途中に辛うじて見つけたコンビニでパンとジュースと煙草だけを買い、店員に海までの道と所要時間を聞けば、“少し遠いよ?”と、そんな台詞。


けれども今日は何だか歩きたい気分だったので、まぁそれも良いのかなと思ってしまう。


真っ直ぐ歩けば良いと言われたので、そのまま進んでみれば、街外れなのだろう、お年寄りの姿が比較的多く見受けられた。


だけどもとてものどかで、まるで巡回通りとは違う様に、幾分心持ちは軽くなった。







「海だぁ。」


足を止め、目の前に広がる景色の色が変わった時にはあたしの顔も緩んでしまい、気付けばそう漏らしてしまっていた。


電車の窓から眺めたものよりも、ずっと青く輝いていて、潮の香りが風に運ばれる。


何だか嬉しくなってしまい、ヒールを脱ぎ捨てて足早に波に近づけば、引いては返すそれが、あたしのつま先を濡らした。


それが思いのほか冷たくて、また笑ってしまったのだが、思えばこんなに解放された気持ちになったのなんて、生まれて初めてなのかもしれない。


ずっと必死に生きてきて、気付けば楽しいことのひとつも思い出せない人生で、あたしは今まで何をやっていたのだろうかと、そんなことを思ってしまうのだが。



「って、落ち込むのも馬鹿らしいや。」


こんな綺麗なものを見ながら何を考えていたのだろうと、そんな自分を一喝し、あたしはヒールを脱ぎ捨てた場所へときびすを返した。


それからパンを食べ、ただ何も考えずに海を眺め続けた。


少しずつ、少しずつ陽が沈んで、少しずつ、少しずつ海の色が変わっていく様は、いつまで経っても見飽きることはなく、胸の奥が熱くなった。


空が茜色へと変わる頃には、何故だか涙が溢れてしまい、その理由もわからないままにあたしは、ただずっと、幾分ボヤけた視界のままに、地平線の彼方を探していた。


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