向日葵
くしゃみをすること三回目にして、ようやくあたしは、自分の体が震えていることに気がついた。


散々海風に当たり続け、おまけに濡らしたままだった足の先は、自然乾燥に頼ったきり。


馬鹿は風邪を引かないのだと言う迷信を信じていたわけでもないが、幾分火照った頬の熱に、どうにも自分は今、本調子ではないのだと気付かされてしまう始末。



『…助けてっ…最後だし、もうアンタにも迷惑なんて掛けないからっ…』


だから、思いがけない電話に、変なことを口走ってしまったのではないのかな、と。


そうは思ってみたのの、だからといって言ってしまった台詞が消えるわけでもなく、こめかみを押さえるようにしてあたしは、ため息のみを吐き出した。


考えてもみれば、クロが本当に来てくれるなんて保証は、どこにもないのだから。


陽が沈んでしまえば、街灯のひとつもないこんな場所は黒く覆われていて、残念ながら月の姿も探すことは叶わないほどに、雲に覆われていて。


あたしごと塗り潰されてしまうようで、引いては返す波の音だけが、漆黒の中に響いて溶けた。







ジャリッ、と波音とは別に、砂の擦れる音が背中から小さく響き、刹那、弾かれたように顔を向けてみれば、暗がりの中で人の影。


それが一歩、また一歩とこちらへと近づいてきて、あたしの前で止まる様に、思わず体が強張って。



「到着、って感じ?」


「…ク、ロ…」


彼の咥えた煙草の火種が、辛うじて顔の輪郭を淡く映し出した時、思わずその名前を呟いていた。


急に心臓の音が早くなり、どうすることも出来ずに視線を落とすと、頭の上からは、“気が済んだだろ?”と、そんな台詞。



「智也も心配してたし、アイツのためにも帰ってやれよ。」


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