臆病でごめんね
「最上階の重役室フロアまで行く場合、途中の階でいちいち止まる羽目になったら時間のロスですし、そこに乗り合わせてしまった社員は大変気詰まりな思いをするでしょう」


気のせいか、ちょっとムキになっているような口調だった。


「ですから上層部の方には専用エレベーターで速やかに上がっていただいた方が様々な面で都合が良いのです」

「ああ、要するに我々は体よく隔離されてるってことか」


副社長が苦笑混じりに声を発したのと同時に箱が目的地に到着した。

本丸さんが【開】ボタンを押している間に私と副社長は廊下に出て、そのまま一緒に歩き出す。

しかし彼はすぐに立ち止まり、背後から来ていた本丸さんに向かって宣言した。


「僕は手洗いに寄ってから行くから。君は先に戻ってて」

「はい」


頷きながら返答した本丸さんは、思わず釣られて立ち止まっていた私に追い付いた所で同じく歩みを止め、真っ直ぐに視線を合わせながら言葉を発した。


「先ほどの件はあくまでも副社長のご好意ですから」

「え?」

「今後はきちんと一般のエレベーターをお使い下さい。私達秘書も、重役やお客様がご一緒でない場合はそうしていますので」


一瞬意味が分からなかったけれど、私が箱に同乗した事に対しての苦言だったらしい。

しかしどのように返事をするか迷っている間に「失礼します」と一言発して本丸さんはさっさと立ち去ってしまった。
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