臆病でごめんね
暫しの間の後、副社長は静かに口を開いた。


「とても独りよがりな行動を取ってしまっていたようですね。これからは気をつけます」


その声音はとても覇気がなく、心底疲れ切っているように聞こえた。

まるで多大なるダメージを受けたかのように。

……私に拒絶されたのがそんなにショックだったのだろうか?


「お願いしますね」


しかし私は彼の心情には気付かないふりをして、そう言葉を残し、その場から足早に歩き出した。

これで良いんだ。

深みに嵌まらないうちにきちんと決別しておいた方が。

あくまでも彼と私は副社長と一派遣社員。

それ以上でもそれ以下でもない。

そう自分に言い聞かせるようにしながら、私は目的地に向かって力強く歩を進めたのだった。



「あ」

一日の業務を終え、タイムカードを押して着替え、ロビーを横切っている所で私はその事を思い出してしまった。

給湯室の布巾を処理するのを忘れていた…。

しかもよりによって会議室フロアの。

つまり、この前私に言いがかりをつけてきた、あのとてもキツイ庶務課の女性が生息している階である。

おそらく社員の間では私がまるで仕事ができない奴であるかのように広まってしまっているだろうし、また同じミスを犯した事がバレたりしたら一体何を言われることか…。

私はゾッとしながら急いで踵を返すとエレベーターホールへと向かい、上りボタンを押した。
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