臆病でごめんね
会議室フロアで降り、給湯室へと駆けて行くと、やはり布巾は桶の中に浸されたままだった。

急いで処理をし、用具を片付け部屋を出る。

良かった誰にも会わなくて…。

階段室まで到達した所で思わずため息を漏らす。

帰りはエレベーターではなく、それより手前にあって他の人に会う可能性が低い階段を利用しようとそちらに歩を進めたのであった。

…ていうか、昼間あんな事を言われたからむしろそれに引き摺られて布巾の存在を忘れちゃったんだよね。

ひっそりとした空間に入った事でこの上ない安堵感が込み上げて来たのと同時に、怒りも出現してしまった。

まるで私が同じ失敗をするように暗示をかけたみたい。

後輩や部下を叱る時には、言い方をちゃんと考えて欲しいよ。

ムカムカは続いていたものの、いつまでもここにいる訳にはいかないと、一歩足を踏み出したその時。


「たまには階段を使わないとね」


上の踊り場から響いて来た声に、私は思わず足を止めた。

なぜならそれはすっかり聞きなれた副社長のそれだったからだ。

「ひたすら下りるだけだし。君も付き合わせてしまって申し訳ないけど」

「いえ。私も運動不足ですから。丁度良かったです」


そしてどうやら本丸さんも一緒のようだ。


「正直あまり乗り気じゃない会合だからね。せめてここで腹ごなしして、出された食事を堪能する事にするよ」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
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