伯爵令妹の恋は憂鬱
その時、広間の扉が開いた。ミフェルが戻ってきたかと思って振り向くと、そこにいたのはカスパーだった。
「トマス。すまないが寝室の準備を手伝ってくれないか」
「あ、はい」
トマスが扉のほうを振り向き、一歩踏み出す。
行ってしまう、と咄嗟に思ったマルティナは思わず「ダメッ」と大きな声を出してしまった。
驚いたのはカスパーだ。今まで声を荒げることもなく、おとなしくうつむいていることの多かったマルティナの反応に、思わず背筋を伸ばし、「し、失礼いたしました!」と頭を下げる。
「あ、……違うの。ちょっとだけ、トマスと話があるの。だから、ごめんなさいカスパー。今は……」
「わかりました。こちらの手伝いはいいです」
カスパーがそそくさと去っていき、広間に残っているのはマルティナとトマス。そして窓際にアンネマリーとローゼだ。アンネマリーは一度不思議そうにこちらを見たが、ローゼが話しかけるとすぐにそちらに顔を傾ける。
ふたりきりではないし、トマスに感情を吐露したところで、困るだけだと知っている。
なのにマルティナは今、自分を止めることができなかった。
「私……トマスがいいの」
ぽそりと小さな声で、告白とまで言えない曖昧な語句を絞り出すだけで、目の周りが熱くなった。
「え? あの」
「ミフェル様と結婚なんて嫌。あの方だけじゃない、他の人も嫌。……トマスだけがいいの。だから」
「マルティナ様……」
トマスからの戸惑い交じりの視線を感じる。仕えるべき主人から告白まがいのことをされたら、従者は困るだけだ。知っている。知っているのに、止められない。