伯爵令妹の恋は憂鬱
(好きになって。お願い。一生私の傍にいて。ほかの何を捨ててもいい。この気持ちだけ、捨てたくない)
トマスの服の裾を強く握ったそのとき、広間の扉が勢いよく開かれ、トマスもマルティナも体をびくつかせて音のする方をみた。
扉のあたりにいたのはミフェルだ。
ふたりの親しげな様子に、不満そうに眉をひそめた後、ふんと鼻を鳴らし、「次はトマスだってよ」と顎をしゃくる。
「え? 私ですか?」
トマスからは素っ頓狂な声が出た。
マルティナも不思議だった。自分が呼ばれるのならわかるが、なぜトマスなのか。
だけどフリードの命令はここでは絶対だ。マルティナは名残惜しく彼の服を離す。
「ご、ごめんなさい。あの、行ってきてください、トマス」
「でも……はい」
「いいから。お兄様を待たせてはいけないわ」
トマスはじっと彼女を見つめた後、何度も彼女を振り返りながら、広間を出た。