伯爵令妹の恋は憂鬱



ミフェルから執務室に行くように言われたトマスは、頭の中が疑問でいっぱいだった。
先ほどのマルティナの言動は、求婚ともとれる。だが、単純に結婚などせず兄のような存在の自分と一緒にいたいという風にもとれる。

(むしろそっちのほうが正解か。……俺は使用人なんだし)

マルティナが懐いてくるのは、ひな鳥が最初に見たものを親と思いこむような刷り込みに似たものだろうとトマスは思っている。
なんといっても伯爵家の令嬢なのだ。エミーリアがそうであったように、どれほど親しくしていても恋愛の対象とは見られない。身分の高い人間にとって、使用人とは物に近しいものなのだ。

それに、トマスにはリタの遺産は関係ない話だし、それについて意見を求められる立場でもない。


(……フリード様はなんで俺を呼んだんだ?)


疑問に答えは見えそうにない。
執務室の前までついて、トマスは首を振って疑念を追っ払った。他に考えごとをしながら主人の前に立つのは許されない。


「トマスです。お呼びですか、フリード様」

「入れ」

「失礼します。ええと、私を呼ばれたんですよね。マルティナ様ではなく」


中に入ると、手前のソファにフリードが座り、奥の机にディルクが座っていた。
ふたりとも神妙な表情で、いつもにこやかなトマスも思わず緊張し唾を飲み込む。


「えっと、……どんなご用件で」


どうしても呼び出される意図が分からない。
マルティナと一緒に呼ばれるのならば護衛としての意味があるが、たった一人でだ。

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