伯爵令妹の恋は憂鬱
フリードはじっとトマスを見つめると、「座れよ」と向かいのソファを指し示した。
「……失礼します」
使用人であるトマスが普段座ることのないソファ。腰をおろすと、クッションがお尻を包み込む。
「まあ、単刀直入に聞きたいことがあるんだが」
「はあ」
「聞きたいのは本心だけだ。どんな返事でも怒りはしない。……が、嘘はつくなよ。お前、マルティナのことをどう思っている?」
一瞬、トマスは息をのみこんだ。
目の前のフリードは頬の筋肉一つ動かさず、冷静にこちらをうかがっている。
優秀な使用人は主人の意図を察知し、望まれているであろう返事をするものだ。
しかし、トマスが一瞬のうちに考えても、どういった種類の答えを求めらているか判断ができなかった。
「おとなしく、控えめですが優しいお嬢様です」
仕方なく模範解答をする。マルティナを形容するときは誰もが使う言葉を並べていく。
「……好きか?」
もっと踏み込んだ質問に、一瞬ぎょっとしつつも平静を崩さずに伝える。
「もちろん」
恋愛感情までは感じさせない最大の好意で表現すること。これがトマスにできる精いっぱいだ。
勘のいいフリードやディルクを前に、彼女への恋愛感情を見せてしまったら、男の従者などすぐに外される。
トマスは、マルティナが“トマスを従者に”と願ってくれている間は、傍にいるつもりだった。
彼女に女性らしさを感じて、頼ってくる瞳に心を揺さぶられても。
無邪気にしがみついてくる腕に、胸が当たって男としての欲を刺激されても。
すべて綺麗に隠し通して、彼女の笑顔を守り続けるつもりだった。