伯爵令妹の恋は憂鬱



 広間に残されたマルティナは、ローゼとアンネマリーの会話にいつの間にか混ぜられていた。アンネマリーは別荘の装飾品が気になるようだ。壁に掛けられた絵画や、カーテンの刺繍など、リタ仕込みの知識を披露する。
マルティナもローゼもそのあたりはさっぱりなので、アンネマリーの説明をただ感心しきりで聞いている。


「マルティナ様、フリード様がお呼びです」


広間にマルティナを呼びに来たのは、トマスではなくディルクだった。アンネマリーの難しい話から解放されることにほっとしつつ疑念は隠せない。


「……トマスは?」


問いかけに、ディルクは答えない。口元に緩く笑みを浮かべつつも有無を言わさぬ調子で続ける。


「とにかく、執務室へ行きましょう」


嫌な予感がしたが、答えない人間相手に何度も繰り返し質問できるほどマルティナは自己主張が強くない。
胸に引っかかりを感じつつ、ディルクについて執務室まで向かった。

だけど、不安が胸の奥で、病巣のようにはびこっている。
どうしてトマスが呼びに来ないのか。そもそも、なぜトマスが先に呼ばれたのか。遺産に関して、トマスは全く関係がないというのに。


「失礼します」


執務室にもトマスはいなかった。中にいたのはフリードだけだ。ソファに腰掛けた彼は柔らかく笑いかけると、マルティナにソファに腰掛けるよう勧めた。


「来たな。まず、今回はいろいろ大変だったろう。お前は伯爵の妹として頑張ってくれた。感謝する」

「そんな」

「お前も知っている通り、おばあさまは遺書を残した。まずはこれを読んでくれ」

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