伯爵令妹の恋は憂鬱

リタの遺言状だ。マルティナはそれにゆっくり目を通す。
内容は、遺産をミフェルに渡したいということ、身内からの反対があるようなら、クレムラート家から独身の娘を彼の妻にするようにというものだ。
結婚の話が、ミフェルの思い付きの冗談ではなく本当だったことがショックだ。
不安を隠せないまま兄を見上げる。


「クレムラート家の独身の娘は、お前かエルナしかいない。とはいえ、さすがに0歳児のエルナをミフェルの妻にするわけにはいかない」

「では、私が?」

「それについてお前はどう思う?」


恐れていたことが起こった。

マルティナは唇を噛んで黙り込む。兄の迷惑になりたくないと思えば、ここで頷くのが正しいのはわかっている。
だけど結婚の二文字を前にしたときに、どうしても頷くことができない。
マルティナのこの三年間は、トマスしかなかったのだ。トマスがいなければ、息も吸えないような日々がまた戻ってくる。

もう嫌だった。誰かの顔色を見ながら、望まれた通りの自分になるのは。
安心して手足を伸ばしていられる場所を一度でも手に入れてしまったなら、なかった頃には戻れない。
自分のままでいたい。それは、トマスの傍じゃなければできないことだ。


「い……嫌です。お願いお兄様、私、結婚なんてしたくありません」

「嫌なのは結婚か? 別にミフェルは焦ってないと言っている。数年は婚約者という形で交流するだけでもいい」

「いや、嫌です。私……」


トマスが好きなんです。
そういったら、兄は自分の従者からトマスを外すのだろうか。それを考えると言葉にはできない。

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