伯爵令妹の恋は憂鬱
「暇って……それって私の従者じゃなくなったから?」
「そうですね。屋敷も……出ようと思っています」
「そんな」
見る見るうちにマルティナの瞳には涙が盛り上がってくる。
トマスは黙ったまま、悲しそうな表情でマルティナを見つめている。
これまでのトマスなら、マルティナを泣いたままにはしておかない。すぐ安心させる言葉を選んで、大丈夫ですよと優しくなだめてくれる。
だが今、トマスは口を開かない。それはきっと、彼の中で、もうマルティナから離れることが決まってしまっているからだ。
マルティナの瞳からこらえきれなくなった雫が落ちる。
まるで、暗闇に落とされてしまったよう。何も見えない。心が死んでしまいそうだった。
「やだ。……嫌だよ、トマス。行かないで。従者に戻してもらえるように、お兄様にお願いするから。いい子でいるから、迷惑かけたりしないから、一緒にいて。お願い」
一体何が、彼にそれを決断させてしまったのか。
マルティナはわからず、思いつく限りの理由でそれを探る。
けれどそれらすべてはトマスに届かない。トマスの瞳は、今までのようにただ優しいだけのものではなくなっていた。
「あなたはいつだっていい子でしたよ」
「だって。……だったら、どうして離れるの」
「でももう、十六歳です。男の従者を傍につけておくような年齢ではないんですよ。……だから、私はもうお役御免だ」
「嫌! トマスがいなきゃダメなの。私はトマスが……」
風が吹く。マルティナは髪を押さえようとして腕を顔の近くにあげた。その時だ。