伯爵令妹の恋は憂鬱
ミフェルとアンネマリーは、朝から顔を見せないマルティナを心配しつつも、翌朝早々に屋敷を後にした。
マルティナは目を開けてから、ベットの上で放心したように体を横たえていた。
フリードが二人を見送る声は聞こえていたけれど、体を動かす気にもならない。
どうしてトマスが屋敷から去っていったのか。
どうしてあの時キスをしたのか。少しは自分に恋愛感情を持っていてくれたのか。
考えても考えても答えは出ない。
だけど、あのキスの瞬間、マルティナは今までの人生が塗り替えられたような感覚に陥った。
“トマスに傍にいてほしいから、子供のままでいい”
そんなこと、女として彼に抱きしめられた瞬間の甘美さを知ってしまった今は言えない。
腰を抱く手が、唇に残る余裕のない吐息が、マルティナの全身を満たしとろけさせた。
もしトマスが戻ってきて、今までのように子ども扱いして傍にいたとしても、もう以前程幸せにはなれないだろう。
今やマルティナの望みは変わったのだ。ただトマスに傍にいてほしいだけじゃなく、女性として愛されたい。
知ってしまったら、人の欲だって進化する。
マルティナの瞳に涙がにじんだ。
だけどそれは叶わぬことだ。彼は目の前から去ってしまった。もう、どうやっても幸せにはなれない。
起き上がる気力もなかった。これからどうしたらいいのか全く分からない。