伯爵令妹の恋は憂鬱
「……この先、マルティナにはどんどん縁談が舞い込んでくる。もう十六だ。それを止めることは不可能だろう。そして、結婚をと考えたときに、俺が相手に対して求めることは、確実にマルティナを守れるか否かだ」
「トマスじゃ守れないっていうの?」
「貴族社会に生きる以上、立場の弱さは力の弱さだ。トマスは確かに何でもできる。使用人という立場だがギュンター殿の勉強にも付き合ったというだけあって、読み書き計算、乗馬に剣術、立ち居振る舞い、何でもこなす。でも一つだけできないことがある。それが、人の上に立つってことだ」
エミーリアは眉を寄せる。そんなことは当たり前だ。トマスは生まれてからずっと使用人であり誰かの従者であったのだから。
「本来、あいつくらいの能力があるなら、起業して財産を蓄えることも可能だ。でもしなかった。あいつは、使用人であることに満足していた。……俺はそれがだめだと言ったんだ」
フリードの脳裏に、執務室でのトマスの表情がよみがえる。
『マルティナを女として愛することはできるか?』
その問いかけに、いつもにこやかな従者が顔を染めた。うろたえたようなその表情が、返答だとフリードは思った。
『すみません、私は』
『謝る必要はない。俺はお前のことは信用しているし、マルティナだってお前のことが好きだろう。ただ、結婚となれば今のままではだめだ』